もうひとつはNHKです
2018.08.24
もうひとつはNHKです。主にある、私立中学・高校の取材を通したもので、成功例とそして失敗例も取り上げていました。この失敗例と言うのは日本語も中途半端、英語も中途半端な生徒がいるということです。ある生徒は「日本語と英語がごちゃまぜになって混乱することがある」と答えていました。
それを見て私は沖縄でのことを思い出しました。生家のすぐ近くに「スネーク」というあだ名(本名は知りません)の米兵がいて、沖縄の女性と一緒に暮らしていました。男の子が一人いましたが、3歳だというのに言葉が話せないのです。英語、日本語両方を教えていて、どうも混乱しているようだとそのお母さんは言っていました。
その後アメリカへ転勤になったので、あの男の子が今どうなのかわからないのですが、しかし3歳の時点で言葉を話せないというハンディは大きいと思います。人間は生まれた時にはサルの赤ちゃんよりも脳の発達は遅れていてしばらくそれが続くそうですが、言葉を覚えてからは急激に知能が発達してサルの赤ちゃんを追い越すのだそうです。
そうすると、「三つ子の魂100まで」と言われるこの大事な時期に話せないということの持つ意味は決して小さくはないでしょう。英語を最優先することで、日本語の力を低下させ、他の教科の学力を低下させてしまって、これが日本にとって利益になるとは到底思えないのです。
英語産業は先ほどのような失敗例について一切口をつぐんでいます。ちょうど、何十万(あるいは何百万)という費用を請求される美容形成手術において、医師が「失敗する可能性がある」ことには一切言及しないのと似ています。ですから我が子にバイリンガル教育を受けさせる場合は、英語産業ではなくて、本当に信頼できる専門家と相談した上でやるべきでしょう。
そしてもし成功率が99パーセントいう信頼できるデータがあったならどうするでしょうか?これなら大丈夫と「英語好き」の母親は多分これを実施するものと思われますが、私ならやりませんね。1パーセントでも失敗(失語症の例も数多い)の可能性があるのなら、そうなった場合にどう責任をとれるのでしょうか?自分の子供だから「仕方ない」のでしょうか?
これは、例えば重度の病に冒されていて、手術しなければ1年後に確実に死ぬので手術が必要だ。しかし、手術が失敗する確率が50パーセントあり、その際はその時点でもう生きてはいないというような状況とは違うのです。つまり、バイリンガル教育を受けさせなければ、子供が死んでしまうということではなく、受けさせる必然性がまったくないのです。
ではなぜ受けさせるか。それは母親が自分が果たすことの出来なかった夢を子供に果たしてもらおうという自分の欲望(見栄)でしかないのです。その欲望のために例え1パーセントであっても失敗の危険性(失語症)にさらしても構わないというのなら、おそろしい話です。
バイリンガル教育の危険性について書かれた本「バイリンガル環境と言語障害(学苑社)」の紹介が次の項の最初にあります。バイリンガル教育を実施する前にぜひお読み下さい。
それを見て私は沖縄でのことを思い出しました。生家のすぐ近くに「スネーク」というあだ名(本名は知りません)の米兵がいて、沖縄の女性と一緒に暮らしていました。男の子が一人いましたが、3歳だというのに言葉が話せないのです。英語、日本語両方を教えていて、どうも混乱しているようだとそのお母さんは言っていました。
その後アメリカへ転勤になったので、あの男の子が今どうなのかわからないのですが、しかし3歳の時点で言葉を話せないというハンディは大きいと思います。人間は生まれた時にはサルの赤ちゃんよりも脳の発達は遅れていてしばらくそれが続くそうですが、言葉を覚えてからは急激に知能が発達してサルの赤ちゃんを追い越すのだそうです。
そうすると、「三つ子の魂100まで」と言われるこの大事な時期に話せないということの持つ意味は決して小さくはないでしょう。英語を最優先することで、日本語の力を低下させ、他の教科の学力を低下させてしまって、これが日本にとって利益になるとは到底思えないのです。
英語産業は先ほどのような失敗例について一切口をつぐんでいます。ちょうど、何十万(あるいは何百万)という費用を請求される美容形成手術において、医師が「失敗する可能性がある」ことには一切言及しないのと似ています。ですから我が子にバイリンガル教育を受けさせる場合は、英語産業ではなくて、本当に信頼できる専門家と相談した上でやるべきでしょう。
そしてもし成功率が99パーセントいう信頼できるデータがあったならどうするでしょうか?これなら大丈夫と「英語好き」の母親は多分これを実施するものと思われますが、私ならやりませんね。1パーセントでも失敗(失語症の例も数多い)の可能性があるのなら、そうなった場合にどう責任をとれるのでしょうか?自分の子供だから「仕方ない」のでしょうか?
これは、例えば重度の病に冒されていて、手術しなければ1年後に確実に死ぬので手術が必要だ。しかし、手術が失敗する確率が50パーセントあり、その際はその時点でもう生きてはいないというような状況とは違うのです。つまり、バイリンガル教育を受けさせなければ、子供が死んでしまうということではなく、受けさせる必然性がまったくないのです。
ではなぜ受けさせるか。それは母親が自分が果たすことの出来なかった夢を子供に果たしてもらおうという自分の欲望(見栄)でしかないのです。その欲望のために例え1パーセントであっても失敗の危険性(失語症)にさらしても構わないというのなら、おそろしい話です。
バイリンガル教育の危険性について書かれた本「バイリンガル環境と言語障害(学苑社)」の紹介が次の項の最初にあります。バイリンガル教育を実施する前にぜひお読み下さい。